女将の「豆まめ通信」

昭和47年2月号

 1972年2月 味噌通信   前年秋に欧州の旅を終えた先々代は、心に豊かなヨーロッパ人の生きざまを深く刻んできたようです。従来、日本食の良さ、日本人の礼儀正しさ、実直さ、謙虚さを讃えていましたが、今でいう「安・近・短」的などことなく貧困さを漂わせる流れには、抵抗していたかったのでしょう。  先月、ヨーロッパとアジアの境界の国トルコを訪ねてみて、深い深い侵略の長い長い歴史の通り道になった国の人に、「いつも笑顔ですね」と声掛けられた時のことを思い出しました。
トルコにて
 いつも楽しく、豊かな心地よい旅をしている間、私たちは笑顔でいることができました。食事の時だってそうです。次から次へと話題が溢れてきて、楽しくてたまりません。その空気が生み出す空間が現地の方にそう言わせたのでしょうか。ゆったり話の弾める食生活が、豊かな日常を作り出してくれます。

◆1972年2月号「味噌通信」

《本文》      夜なほどに降りつもりたる白雪の         今朝もまじかくつぐみきて鳴く     牧水    このところ全国的に過密都市では生産人口が目立ち、過疎地では老齢人口が上昇し、核家族化の傾向が強く高度経済成長のひずみは、ついに家庭にまで及び、日ごとの仕事に追われ家族と話す時間的な余裕もなく、夕食すら一緒に食べえない親子断絶の様相を呈し、都市では40%以上の子供が、親と話す機会がないと訴え、家族愛が日に日に薄れ人間愛が失われつつあることは残念でたまらない。  世界一領地の国パリーでは、淡味で、しかもバラエティーに富んだ手料理を自宅でゆっくり葡萄酒で食欲をそそり、談笑ムードを作り、仕事の話を抜きにした世間話や家庭の話に花を咲かせ、心ゆくまで語り合い、料理を満喫しながら楽しみ、満腹した食後には、更にワインを楽しみ、余韻なお条々として、つきない会食が3時間余にも及び、家庭ならではの良さを味わっている。  評論家の東畑先生も「早飯も特技のうち」とは昔の話、おしゃべりしてゆっくり時間をかけて唾液を出して生活を楽しむべきもので「飯は黙って食べるもの」といった古来からの風習は捨てるべきで、その点外国人の食事時間の長いのはうらやましいと思うと申されている。  全国味噌の川村先生もゆっくり食べる会の推進者で、奈良・平安時代まで、ずいぶんのどかな食生活で四季豊かな海陸の産物をみんなお菜といって、のんびり味わっていた。それがいつとはなしに米、麦、穀物の偏った多飯と変わり、源平の戦いころから落ち着いた食事もろくろくとれずに早飯となり、食生活も頓にみだれ、ついに「早くそ」までも珍言が、今もなお伝わっていると語っておられる。今こそ古きより誤り伝えられた『早飯早くそ』の弊風をさらりと忘れ、つきない我が家の味をともどもにたたえ、心からみんなで楽しみあってこそ我が家のオアシスが生まれ、親子一体となってお互いに信じあった温かい家庭こそ、自然と心の豊かさが培われ、高度経済成長のひずみを軟げ、文化国家の建設に役立つ所以ではなかろうか。
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